2007年01月25日

家族と兄と俺。

「―――明けまして、おめでとうございます。」

静かな部屋に響いた俺の声は、けれど父や母の心には届かない。
やはり、正月だからといって寮から帰ってきたのは間違いだったのだろうか。


「やぁ、おかえり光也。」
サッと障子を開いて兄が入ってくる。

「あ、兄さん。おめでとうございます。」
「相変わらずだね、光也は。コーヒー入れたから、おいで。」
そう言って、兄は正座していた俺の頭に手を乗せてくしゃりと撫でて出て行った。

この家で、唯一俺のことをきちんと見てくれる兄は、こんな風にいまだに俺のことを子ども扱いすることがある。9つも年が離れていれば当然といえば当然かもしれないが、そんな兄の余裕が憎らしくもあり、また誇らしくもあった。


「……帰ってこなくてもいい。」

部屋を出ようとした俺の背に呟くような声が届いた。
わかっていた事とはいえ、やはり胸に苦い物が走る。

「…それではご近所に奇異に映りますので年に一度は来ようと思います。」

背を向けたまま吐いた言葉は、自分でも驚くほどに無機質で他人行儀だった。
俺だって、こんな温かみに欠ける家に帰ってくるくらいなら、
寮でレイヤや天野などと過ごした方がよほど楽しいのは分かっている。

(だけど…世間の目を気にする貴方達に合わせてやっているんだよ。)

背後から更なる言葉が出ないのをいい事に、そのまま部屋を出た。


あの頃から…あの人たちは何も変わらない。
いや、まだあの頃のほうがある意味マシだったのかもしれないな…。




あの頃はまだ力の制御を覚えきれていなかった光也は、実は何度かボヤ騒ぎを起こしかけた事がある。

能力がはじめて発現したあの日も、翌日には「屋上ボヤ疑惑」があった。
元々講師の喫煙所代わりに使われていた事からタバコの火の不始末だろうと
言う事で話は収まったのだが、光也にとっては昨日の出来事が夢ではなかった事を裏付ける証拠ともいえる。

両親との距離が決定的になったのは、光也の家で起きたボヤ事件だろう。

能力発現以来、自分の手に宿った妙な力に思い悩む事が多くなった光也は、
学校の中間テストはかろうじて上位をキープしたものの、次の公開模試では大きく成績を下げてしまったのだった。

「D判定とは何事だ。星夜はいつだってB以上だったぞ?」
「そうよ。良い高校に入らないと良い大学には入れないのよ?」

兄がその春から就職活動の人気企業としても有名な大手家電メーカーに入社して一人暮らしを始めたせいか、はたまた光也が中学も2年になり受験や進路が現実味をおびて来たからか。母親のみならず父親までもが光也の成績を気にするようになっていた。
そんな矢先に、成績を下げてしまったのだ。両親の性格上、叱られるのは当然だろう。

だが、だからといって毎晩のように部屋へ日参しては口やかましく説教をし、今なお深く根付く学歴社会について諭されれば、誰だって嫌になるであろう。
しかも中学生に大学までの進路を本気で考えろといわれてもなかなか難しい物であるというのに。

「いい加減にしてよ。勉強の邪魔になるだろ!」

叫んだ瞬間、何か赤いものが光也の手元から両親の方へとよぎったが、それは父親の肩先を通り越し、その後ろにかかっていたカーテンに触れ、うす赤い炎が広がったのだった。
幸いにも、能力が弱かった為か表面を舐めるように広がった炎は一瞬後には手品のように消えてしまったが、うっすらと残る焦げ後までは隠せない。

「い、今のはなんだ?」
「ま…まさか、あなたもしかしてタバコなんて吸っているの?」

世界結界は光也の手から放たれた炎を『荒れた息子がタバコか何かを投げつけた』ということにしてしまったらしい。だが、吸殻は見当たらず、ましてやタバコやライターさえ所持していなかった光也は、とりあえずその時はひとしきり叱られるに留まった。光也自身も能力の事をいまだよく理解しておらず、真実を言い出すことも出来ずにいた。

そんな事が何度か起きれば、いくら世界結界があったとしても『自分の息子は普通ではないのかもしれない』と恐れを抱き始めてもおかしくは無いだろう。


日ごとに自分を見る両親の目が変わってくるのを感じながら、光也自身も自分で能力を制御できるようにと、深夜にこっそりと抜け出して、遠くの公園などで密かにトレーニングをしていたらしい。

学校へ行き真面目に優等生をして、塾へ行き進学校への受験を目指し、帰宅してからは両親の冷たい視線を感じながら、時には説教を聞き流し、学校と塾の宿題を終え、夜中には能力のトレーニングに励み、少し眠って朝も早いうちに学校へ行く。

そんな生活を1年程続けていただろうか。
あの日の衝撃を、未だに光也は忘れていない。

「…父さん。どういうことですか。」
「どうもこうもない。お前はこの高校へ入るんだ。いいな。」

一向に視線を合わせようとしない父親は、光也へ一つの大きな封筒を差し出した。
中にはA4サイズの書類やパンフレットなどが入っていた。

―――私立 銀誓館学園高等学校―――

聞いた事はある。が、まだ高校は出来たばかりだと聞くし、これといって進学校であるという話も聞かない。

「こんな高校では大学は…――」
「もうお前には期待しておらん。」

期待していない、それはつまり光也に対して名門大学だろうが難関国立大だろうが三流私立大だろうが気にしないと言うことに他ならない。
それは言い換えるならば親による拒絶。家庭内にありながら、精神的には捨てられたも同然である。


――――――――――――――――――――――――――――


あの頃は、まだあの人たちも俺のことをちゃんと見てた。
今では俺のことを存在ごと忘れたがっている…いや、捨てたがっているのか。

「ずいぶん怖い顔をしてるね。」

気が付くと兄さんが俺の顔を覗き込むように立っていた。
どうやら父の部屋を出た後、そのまま考え事をしていたようだ。

「あぁ、ごめん。兄さんこそ、どうしたの?」
「せっかくのコーヒーが冷めちゃったからね。入れなおしに来たんだよ」

そう言った兄さんの手には2つのマグカップが握られていた。

「新しい学校の事、聞かせてよ。彼女、出来たんだって?」
「あぁ、そうなんだ。学校の近くの神社で…」

いたずらっぽく笑う兄さんにつられて俺まで笑顔になる。
やはり兄さんはすごい。一瞬で俺を和ませてくれる。

「あー、続きは部屋でね?」
「はい。」

父と母にうんざりする事があっても、兄さんだけは、俺の誇りだ。
こっそり胸のうちにそう誓い、兄の後についていく。

posted by 紅月 光也 at 21:30| Comment(1) | TrackBack(0) | 【設定】追憶の物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
むむむ………むむむむむ………
相変わらず文章上手いですねぇ〜。
ザル蕎麦みたいにツルツル読めちゃいます。
しかし……こ〜んな過去が………うーん、まぁ、アレですよ。
あー……あぅ、あー……ま、任せとけ!(何をだ
Posted by 鳳凰堂の中の人 at 2007年01月30日 01:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。