2006年11月29日

夕陽の屋上に過去を思う

 ここは郊外のベッドタウン。駅前にはバスターミナルと申し訳程度のショッピングモール。都市部へと出かけるのに交通の便がいいこの地では、大きな集客施設はさして意味を持たないのだろう。そして、代わりに乱立するのは大小数多の学習塾ばかり。受験戦争の前に大手進学塾同士が生徒の争奪戦を繰り広げている。

 そんな中の一つ、毎年難関校への進学率トップクラスを誇るある大手進学塾の屋上に、紅月・光也は立っていた。足元には、ささやかな花束が風に揺れている。

 昨日の夜半からしとしと降りつづけていた雨も夕刻前には止み、沈む陽が西の空をうっすらと朱に染め始めていた。

「そういえば…あの日も、こんな天気だったよな」






 先月受けた公開模試の答案が返却された日の翌日、光也が通う塾では各教室にクラスメンバーの成績が上位から順に張り出されていた。他のクラスではどうか知らないが、光也のいる特進上級クラスではこれが当たり前になっていた。
 そして光也も、授業の前に周囲の成績の状況を確かめておこうと掲示板へと近づいた。光也の名前は中の上。とは言えクラス自体のレベルが高いため全国的には上の方に位置しているだろう。

「さすがにまだまだ上位には入れないか」
 そう呟いたところへ塾のクラスメイト、という名のライバルの1人から声がかかる。
「おぅ、光也。また俺との差を広げやがってー」
「沖野が勝手に毎度毎度成績を下げているだけだろう?」
 事実、沖野は去年までは常にトップを争う成績を叩き出していた。ところが2年の終わりごろから急に下降し始め、最近では下から数える方が早いところまで落ちていた。
「まーな。でさ、ちょっと相談があんだけど、付き合ってくれよ。」
「……沖野が俺に相談なんて、どんな風の吹き回しだ?」
 勉強を見てくれという相談ならお断りだぞ?と軽口を叩く。実際、ライバルの勉強を見てやれるほど俺は心が広くないし、そんな余裕もない。
「俺さー、もう勉強したくねーんだよ。光也もそうじゃないのか?」
 その言葉は俺の心の内にチクリと棘を刺した。俺は咄嗟に返す言葉を見つけることが出来なかった。いや、きっと最初から持ち合わせていなかったのだろう。それはずっと、俺の中でもくすぶりつづけていた思いだったから……。
「……場所、変えないか?」
 幸い、先ほどの沖野の発言は誰にも聞き咎められなかったようだ。
「じゃー、雨も止んだし久々に屋上でも出るかー」


 本来ならば鍵が掛けられていて然るべき屋上なのだが、館内全面禁煙に耐えられない数名の講師達が喫煙所代わりに利用している為、たいてい開いているのだ。北側と東側は駅ビルやマンションに遮られているが、西側には背の高い建物は少なく、晴れた日には綺麗な夕焼けが見えるので、今までも光也は時々こっそり上がってきていた。
「…で、どういうことだ?勉強したくないだって?」
 先刻の沖野の言葉は俺を内側から蝕もうとしている。動揺をきちんと隠せているかどうか不安だ。
「……なぁ、光也。もう勉強なんてしなくてもいいんだぜ。」
 何を言っているのか分からない。勉強、しなくていい?それは甘美な誘惑ではあるが、結果を考えるとおいそれと賛同する事は出来まい。
「まさか、志望校のランク落とすのか?」
「んーん、そうじゃねぇ。……受験、しないのさ。」
「なっ?!お前、正気か?おまえの家、教育熱心だっただろう?」
 我が耳を疑った。去年このクラスに上がって以来ライバルと認めてきた相手が、成績を落とすのみならず…受験を諦めるとは。
「もう両親(アイツら)は俺の成績なんて気にしねーらしいぜ?」
「……両親も、もう知ってるのか。」
 もう、何もかもが終わってしまっているのだ。相談というより、報告だったのではあるまいか。そう考え、視線を落としてかける言葉を捜す。…と、ふと目の前が暗くなったのを不思議に思い顔を上げる。
「なぁ、光也。……お前も、意味のない受験なんか止めちまおうぜ?」
 沖野の姿が眼前にまで迫っていた。表情らしきものはなく、ただ青白い顔にうつろな目がこちらを向いているだけだった。
「沖野?今日のお前なんか変だぞ?」
「お前も、必死に勉強なんてしなくていーようにしてやるからさー」
 そういうと沖野が急に俺の首に手をかけ、一気に力を込めてきた。喉を圧迫され呼吸が苦しい。声が出ない。俺は沖野の手首を思い切り掴んで爪を立てる。が、その指先は沖野の手首へずぶりと沈む。
「ぁ……ぇ?!」
 何が何だかわからなかった。けれど、このままでは俺が落ちる。何とかしなければ…。
「光也…痛インだケどー?」
 そう言いつつも、沖野の顔は先ほどからのうつろな瞳のままだった。
 

「く…かはっ……て、めぇはっ…お、俺の知ってる沖野じゃねぇぇっ!」
 渾身の力で叫び、沖野の腕を引き剥がそうとしたその時だった。俺の掌のあたりから小さな赤い焔が生まれ沖野の腕が燃え上がった!
「があぁぁっ!な、なにぃぃぃぃぃー?!」
 炎のおかげか、沖野は怯み急に俺から離れていった。炎?あぁ、そうか。ゾンビは燃やせばいいのか。……ゾンビ?誰が。沖野が?何故。この腐臭?え、いつからこんなに臭かったんだ?じゃあ腕に指が沈んだのはもう沖野は腐っていたから?まさか!それじゃあこいつ、死んでるんじゃないか。なぜ?というか、俺は何故いつの間にか炎とか出せるようになってるんだ?魔法か?どっかの格闘ゲームか?一体何なんだ?
 肩で息をして呼吸を整えつつも、頭の中は疑問符ばかりが駆け巡っていた。考えても分からないのかもしれない。けれど、それでも俺は考えてしまうのだ。だが、とりあえずは夢でもゲームでも魔法でもなんでもいい、こいつを倒さなきゃならないようだ。
「……もう、いい。何の因果か知らないけど、俺が楽にしてやるよ。」
「光也、俺は昔っからお前なんか大っ嫌いなんだよー!」

 そこからはもうどうやって戦っていたか思い出すことは出来ない。未だ詠唱兵器も持たなかった頃のことだ。リビングデッドになったとは言え運動の苦手だった沖野と、炎はまだまだ弱すぎて頼りないがそこそこ運動能力に自信のあった俺。きっとその辺の不良同士のケンカみたいに無様に殴り合っていたんだろう。
 気が付くと、かつて沖野だったものはぴくりとも動かなくなっていた。俺はそこで初めて怖くなって…その場に沖野の遺体を放置したままフラフラになりながら逃げ帰ってしまった。後の事など考えていなかった。いや、考えられなかった。大量の疑問と不思議な事象に、俺の頭はオーバーヒートしてしまっていたのだ。だから帰り際に塾内で見知らぬ子にぶつかっても、そして何かを問い掛けられても、何も思わず何も答えなかった。その子が実は日本刀を下げていて、しかも周りに気取られぬよう気配を消していたのだとしても。

 冷静になったのはその日の夜中、いや明け方だっただろうか。眠れなかった俺はこっそり玄関へ行き朝刊が配達されるのを待って急いで紙面を開いた。沖野の死体が発見されたというニュースが載っていないか、確かめたかったのだ。だが、どこにもそんな記事はなく、夕方塾に行ったときにも、誰も沖野の不在を何とも思わないようだった。数日後、沖野一家が夜逃げをしたという噂が流れたのには驚いたが。

 今なら分かる。きっと学園からきていた能力者達は俺と沖野の対峙に間に合わなかったのだろう。いや、もしかすると間に合っていて、俺と沖野の戦いに手を貸してくれていたのかもしれない。必死で周りが見えていなかった俺は、残念ながらもうその詳細を覚えてはいないのだ。そして、もし俺があの日あの時に能力に目覚めていなければ、リビングデッド化した沖野の餌食になってしまっていたのかもしれない…。そう、ここは今の俺の原点なのだ。


「でも本当に、必死に勉強しなくてもいい身になってしまったな」
 沈み行く夕日を見つめながら、一人呟いて苦笑する。沖野は計らずも、別の形で俺を学歴社会に囚われた受験戦争から解き放ってくれたのだ。
「さて、そろそろ行くか。じゃあな、沖野。」
 夕日に背を向けて、誰へともなく手をひらひらと振り、俺は新たな決意を胸に歩を進めた。まだ力に目覚めて1年足らず。制御の仕方や武器、ゴーストについて学び始めたのは銀誓館に入ってから。新しい俺の人生は、まだこれからなのだ。
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posted by 紅月 光也 at 18:08| Comment(6) | TrackBack(0) | 【設定】追憶の物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やっとブログのリニュ完了だよ。
というわけで【過去話:能力発動】を書いてみた。前から書きたかったんです。
超長いですが…まぁヒマな時の時間つぶしにでもどうぞ(汗)
Posted by 光也の背後 at 2006年11月29日 18:34
こんにちはー。リニュ後初の出現よ♪

過去話、読ませてもらったわ。私の過去に勝るとも劣らない複雑な内容だった・・・。
私はブログを作ってないから、詳しくは話せないんだけどね。(苦笑)

改めて、光也先輩ってエリートだったのね。
私は普通の学校に通ってたから、何だか距離を感じちゃった・・・。でも、一応学年トップだったのよ?(過去形)
あの頃は、他にすることなかったから。

先輩の過去を知れて、嬉しいような淋しいような感情に襲われたトワでした。

私たち、今は同じ世界に生きてるって信じてもいい・・・・・・?

それじゃあ、また。
Posted by 架月 トワ at 2006年11月30日 15:38
能力発動の事件…紅月はエリートだったのか…なんとなくは想像していたが親の期待に応えるのはずいぶんと大変ではなかったか?

まぁ、俺が言っても仕方が無いか。

それはそうと俺のブログにリンクを張らせて貰ったのだが…事後承諾ですまないが良いだろうか?
Posted by 神之戯・雷覇 at 2006年11月30日 22:17
なるほど、そうしてお前さんの激動の人生が巻く開けたわけだ。

俺はお前さんとは全く逆だねぇ(苦笑)←小5まで学校に通ってさえいなかった
Posted by 天野 夏優 at 2006年11月30日 23:13
光也さんは頭がいいんですね…。
羨ましいですね…

浅葱は…、あまり覚えてませんね…。
Posted by 柳・浅葱 at 2006年12月01日 22:43
>トワ
あ、読んでくれたのか。何だか照れくさいな…(苦笑)
まぁ親の期待…ってヤツだな。詳しくはまた今度書くつもりだけどね。
別に距離なんて!トワこそ学年トップだなんてすごいじゃないか。
俺はいつも上に2人くらいは居たよ?(笑)

あぁ、今は同じ世界に居る。誓ってもいいよ(ニッコリ)

>雷覇
まぁ…大変と言えば大変だったのかもな。よく覚えてないな(苦笑)
でも俺の前には兄という見本があったから…一応は耐えてたな。

リンクは了解だ。こちらからも貼っておくよ。

>天野
そうだな…去年のこの日以来、だな。
天野は天野で大変だったろうにな…。

>柳
まぁ多少成績がよかったところで、大してゴースト退治には役に立たないんだろうけどな(笑)
Posted by 光也 at 2006年12月04日 23:58
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